【スイス最高級リンツ】
キューバ フロリダ半島南に位置する亜熱帯気候の島国は赤褐色の
肥沃な土壌をもち農業に大変適した環境といわれています。
ここでは「トリニタリオ」というカカオがうみだされます。
約400年前にスペイン人がクリオロ種をトリニダット島で栽培し
たことからその島の名前に由来しています。
フルーティな香り、ビターな味、さわやかな酸味のバランスが見事
なカカオ豆です。
はじまりは、1845年。菓子職人ダーフィート・シュプルングリーと
その息子ロドルフは、チューリッヒのオールドタウン、マルクトグ
ラッセに小さな菓子店を開きました。 父子は、当時人気だったイ
タリアのレシピを使って、チョコレートを作りはじめました。
そのおいしく、斬新なチョコレートはチューリッヒの上流階級でた
ちまち評判になり、 小さな菓子店は2年後には工場を持つまでに急
成長したのです。
その後さらに事業は拡大し、息子ロドルフ・リンツは最も有名なチ
ョコレート職人となりました。1879年、彼は"コンチェ"という機械
を発明しました。これがなければ、現在のようなチョコレートを楽
しむことはできなかったでしょう。"コンチェ"による、口どけなめ
らかなチョコレートが世界を圧し、「チョコレートならスイス」と
いう名声を確立したのです。
1892年、ロドルフは第一線を退き、事業を2人の息子に引き継ぎまし
た。 弟のダーフィート・ロベルトが2つの菓子店を継ぎ、続く後継
者にも恵まれて、「シュプルングリー」の名を世界へとどろかせる
ことになります。兄のヨハン・ロドルフは、チョコレート工場を受
け継ぎました。時代を先取りする起業家でもあった彼は、工場を拡
張し最先端の設備を完備、さらには新工場を建設していきます。
この頃、ベルンのロドルフ・リンツから小さいながらも評判の高い
工場を買収します。 これによって、工場そのものだけでなく、リン
ツのおいしさの秘密やブランドまでも手中におさめることになったの
です。
20世紀初頭の20年はスイスチョコレート産業の開花期であり、輸出に
おいてもめざましい発展をとげ、「リンツ&シュプルングリー社」も
貢献し、1915年には生産量の75%を世界20か国に輸出していました。
しかし1920年から1945年にかけては、世界的な保護貿易政策のあおり
と不況の波を受けて赤字を生み、国内で市場を開拓することになりま
す。 第二次世界大戦では砂糖とカカオの厳しい輸入規制にあり、チ
ョコレート生産には致命的とも言え、売り上げは伸びませんでした。
しかし、品質を維持することに変わらずつとめました。 戦後、国内
外で市場は飛躍的にひろがりました。
戦前の海外での事業は、英国以外は失敗でした。 ところが戦後は、
1947年イタリア、1950年ドイツ、1954年フランスとライセンス契約
を結びます。つづいて国内の営業も順調で、買収を繰り返し事業を
ひろげていきます。 1972年には、独自に開発した製法を使った製品
を生み出します。 この新製法はコンチェ以来の画期的な進歩で、安
定した品質が確保できコンチェに比べて格段に効率をあげる発明でし
た。
その後も工場の拡大、移転、世界各国での買収により、スイスの一製
菓会社から、 世界の企業へと急成長していきます。 1994年、キルシ
ュバーグを拠点とするChocoladefabriken Lindt&Sprungli AGを設立、
すべての会社の親会社とします。
現在リンツグループの工場は、スイス、ドイツ、フランス、イタリア。
流通・販売網は英国、ポーランド、スペイン、カナダ、オーストラリ
ア、メキシコ、スウェーデン。営業拠点は香港、ドバイに展開してい
ます。
Chocoladefabriken Lindt&Sprungli AGは、スイス人によって経営され
る株式会社であり、スイス株式取引所の上場企業となっています。
スイス最高級チョコレート
posted by chocola at 06:25
| スイス リンツ
アメリカ発最高級チョコレートブランド
【ノカ・チョコレート】
アメリカ・ダラス発の最高級チョコレートブランドです。
世界でも選りすぐりの、ベネズエラ、エクアドル、コートジボワール、
トリニダットの4か国の最高峰のカカオ農園を限定し、世界でも最も
純粋なシングルカカオのチョコレートを誕生させました。
こだわりは、常に洗練された味を保つため精巧な手細工で作ることです。
ワインと同様に、カカオの芳醇な香り、感触を楽しみ、風味・後味を
味わっていただくため、「チョコレートの美味しい味わい方」を提供
してくれます。
イギリスのテレビ番組では「世界でもっとも贅沢なチョコレート」の1位
に選ばれました。2004年の米ゴールデングローブ賞の候補者に贈呈さ
れるなど、世界中のセレブに愛されているチョコレートです。
全米では、超高級百貨店「ニーマン・マーカス」で販売されています。
最高級カカオから作られる、シングルカカオのチョコレート。
カカオの香り・風味をもっともよく味わえる75%の割合でカカオを配
合し、添加物、保存料を一切使用せずに手作りで仕上げられる、贅沢
なチョコレートコレクションを取り揃えています。
THE VINTAGE COLLECTION 〜ヴィンテージ・コレクション〜
厳選された世界最高峰のカカオを使用した、テイスティングチョコレ
ートコレクションです。
アメリカ・ダラス発の最高級チョコレートブランドです。
世界でも選りすぐりの、ベネズエラ、エクアドル、コートジボワール、
トリニダットの4か国の最高峰のカカオ農園を限定し、世界でも最も
純粋なシングルカカオのチョコレートを誕生させました。
こだわりは、常に洗練された味を保つため精巧な手細工で作ることです。
ワインと同様に、カカオの芳醇な香り、感触を楽しみ、風味・後味を
味わっていただくため、「チョコレートの美味しい味わい方」を提供
してくれます。
イギリスのテレビ番組では「世界でもっとも贅沢なチョコレート」の1位
に選ばれました。2004年の米ゴールデングローブ賞の候補者に贈呈さ
れるなど、世界中のセレブに愛されているチョコレートです。
全米では、超高級百貨店「ニーマン・マーカス」で販売されています。
最高級カカオから作られる、シングルカカオのチョコレート。
カカオの香り・風味をもっともよく味わえる75%の割合でカカオを配
合し、添加物、保存料を一切使用せずに手作りで仕上げられる、贅沢
なチョコレートコレクションを取り揃えています。
THE VINTAGE COLLECTION 〜ヴィンテージ・コレクション〜
厳選された世界最高峰のカカオを使用した、テイスティングチョコレ
ートコレクションです。
posted by chocola at 06:14
| ノカ
最高級チョコレートをブレンド
【ザ・リッツ・カールトン・チョコレートブティック】
2005年11月1日より、ザ・リッツ・カールトン・ブティック内に
新しくオープンしたチョコレートの専門店。“極上”をテーマに、
まるで宝石のようなホテルオリジナルの最高級チョコレートを8種用意してあります。
ベースとなるチョコレートは世界の最高級の数ある種類から、
シェフ自らがブレンドするなど、すべての段階において手作りに
こだわっています。
その他、フィナンシェやマドレーヌなど、チョコをテーマにした
お菓子も豊富にそろっています。
エレガントで素敵なパッケージはギフトにも最適です。
もちろんあなたを至福のときにいざなうでしょう。
2005年11月1日より、ザ・リッツ・カールトン・ブティック内に
新しくオープンしたチョコレートの専門店。“極上”をテーマに、
まるで宝石のようなホテルオリジナルの最高級チョコレートを8種用意してあります。
ベースとなるチョコレートは世界の最高級の数ある種類から、
シェフ自らがブレンドするなど、すべての段階において手作りに
こだわっています。
その他、フィナンシェやマドレーヌなど、チョコをテーマにした
お菓子も豊富にそろっています。
エレガントで素敵なパッケージはギフトにも最適です。
もちろんあなたを至福のときにいざなうでしょう。
posted by chocola at 06:06
| ザ・リッツ
最高級チョコレートコレクション
ゴディバ 最高級チョコレートコレクション
ベルギー王室御用達の気品あふれる味と香りとシーズンごとに発表
されるオートクチュール感覚のパッケージ。美しい誇りに満ちあふ
れた最高級のチョコレートです。
・ゴディバの由来
ゴディバの名は、11世紀の英国の伯爵夫人レディ・ゴディバに由
来します。実はシンボルマークである馬に跨った裸婦こそが、重税
を課そうとする夫を戒め、苦しむ領民を救うため自らを犠牲にした
誇り高き彼女の姿なのです。
領主である夫は領民への重税の免除と引き換えに、なんと妻である
彼女に一糸まとわぬ姿で馬で町を駆け廻ることを言い渡したのです。
領民たちはそんな彼女の姿を見ないように、窓を閉ざし敬意を表た
といわれています。
ゴディバの創始者ジョセフ・ドラップスと妻ガブリエルは、レディ
・ゴディバの勇気と深い愛に感銘し、1926年ベルギーに誕生した
自らのブランドに「ゴディバ」の名を冠したのです。
以来約80年、ゴディバはその愛の精神をチョコレートに込め続けています。
味わうすべての人をしあわせで満たす芳醇な味わいは、人を思いやる
深い愛を伝えていまます。ゴディバのチョコレートを味わうひととき…そ
れは愛に満ちた時間です。だからこそ、最高級のチョコレートなので
す。
ベルギー王室御用達の気品あふれる味と香りとシーズンごとに発表
されるオートクチュール感覚のパッケージ。美しい誇りに満ちあふ
れた最高級のチョコレートです。
・ゴディバの由来
ゴディバの名は、11世紀の英国の伯爵夫人レディ・ゴディバに由
来します。実はシンボルマークである馬に跨った裸婦こそが、重税
を課そうとする夫を戒め、苦しむ領民を救うため自らを犠牲にした
誇り高き彼女の姿なのです。
領主である夫は領民への重税の免除と引き換えに、なんと妻である
彼女に一糸まとわぬ姿で馬で町を駆け廻ることを言い渡したのです。
領民たちはそんな彼女の姿を見ないように、窓を閉ざし敬意を表た
といわれています。
ゴディバの創始者ジョセフ・ドラップスと妻ガブリエルは、レディ
・ゴディバの勇気と深い愛に感銘し、1926年ベルギーに誕生した
自らのブランドに「ゴディバ」の名を冠したのです。
以来約80年、ゴディバはその愛の精神をチョコレートに込め続けています。
味わうすべての人をしあわせで満たす芳醇な味わいは、人を思いやる
深い愛を伝えていまます。ゴディバのチョコレートを味わうひととき…そ
れは愛に満ちた時間です。だからこそ、最高級のチョコレートなので
す。
posted by chocola at 06:02
| ゴディバ
日本一高いモンブランショコラ
グランプラスはチョコレートを中心としたデザート作りを通じてお
客様の食生活に彩りを提供することを会社理念としています。
商品の特性、製造技術で経済的価値、ブランド資産の向上に努めま
ています。
お客様の視点に立って、伝統と革新をバランスよく調和させ、新た
な商品を想像しています。
日本一高いモンブランショコラは細い口金で、一本一本モンブラン
を絞ります。職人にしかできない神業です。ひたすら美しさを追求
して絞ります。ですから、1日に60個限定です。
核には、イタリヤ産のマロングラッセを使用。しばらくラム酒につ
けて3時間かわかしたものを使用します。この3時間かわかしたも
のが一番チョコレートに合ったのだそうです。
その周りにマロンクリームが施されています。バターをベースにマ
ロンペーストを多めに使用。仕上げにラム酒を加えてあります。
モンブランの絞りの部分、ジャンドゥーヤは、ヘーゼルナッツのペ
ーストにミルクチョコレート&ホワイトチョコレートを加え元を作
ります。その後絞った跡が美しく残るような硬さになるように調節
するためラム酒を加えます。この固さが微妙です。
程よい硬さになったら、そのモンブランペーストを1本1本手作業で
かけていきます。何層にも重ねられたペーストはとても美しいもの
です。
最後に固まったところで金箔をかけてあります。
客様の食生活に彩りを提供することを会社理念としています。
商品の特性、製造技術で経済的価値、ブランド資産の向上に努めま
ています。
お客様の視点に立って、伝統と革新をバランスよく調和させ、新た
な商品を想像しています。
日本一高いモンブランショコラは細い口金で、一本一本モンブラン
を絞ります。職人にしかできない神業です。ひたすら美しさを追求
して絞ります。ですから、1日に60個限定です。
核には、イタリヤ産のマロングラッセを使用。しばらくラム酒につ
けて3時間かわかしたものを使用します。この3時間かわかしたも
のが一番チョコレートに合ったのだそうです。
その周りにマロンクリームが施されています。バターをベースにマ
ロンペーストを多めに使用。仕上げにラム酒を加えてあります。
モンブランの絞りの部分、ジャンドゥーヤは、ヘーゼルナッツのペ
ーストにミルクチョコレート&ホワイトチョコレートを加え元を作
ります。その後絞った跡が美しく残るような硬さになるように調節
するためラム酒を加えます。この固さが微妙です。
程よい硬さになったら、そのモンブランペーストを1本1本手作業で
かけていきます。何層にも重ねられたペーストはとても美しいもの
です。
最後に固まったところで金箔をかけてあります。
posted by chocola at 05:53
| グランプラス
チョコレートの歴史
チョコレートは古くからの歴史があります。
600年 カカオ豆が通貨のように扱われた頃
紀元前1000年頃、メキシコの原住民はカカオ豆をすりつぶ
して食べていたとされています。世界で初めてのカカオ農
園のはじまりです。高度な文明を持つマヤ族およびアステ
カ文明の時代に、カカオ豆は究極のステイタスシンボルと
されていました。カカオ豆は通貨として扱われました。
当時、マヤ族、キミメケン族をしのいでアステカ族が勢力
を持っていました。征服された側は代価をカカオ豆で払う
ことから、チョコレート戦争といわれています。
1502年 木になるお金
コロンブス、初めてチョコレートに出会う。
コロンブスは4度目の航海でニカラグアに到着。
これがヨーロッパ人として初めてのカカオ豆との出会いで
す。現地の人にとっては通貨であり極上な飲み物でもあり
ましたが、インドに渡ることしか考えていなかったコロン
ブスは興味を示しませんでした。
メキシコの一部を征服したフェルナンド・コルテスは、カ
カオ豆の貨幣としての価値に目をつけ、スペイン王の名の
もとカカオ農園をおこしカカオ豆の栽培をはじめました。
征服者たちはカカオを「木になるお金」としてその価値を
認識するようになります。
スペインの歴史家ヴァルデスは、100粒のカカオ豆で一人の
奴隷を買うことができたと書簡に記しています。
1519年 恋の媚薬
コルテスがメキシコ遠征時にチョコレートに出会う。
コルテスは、当時最も多くのカカオ豆を所有していたアステ
カ帝国の皇帝モンテスマが「チョコレート狂い」であるとい
うことに気づきました。
記録によるとモンテスマは、この飲み物が恋の媚薬であると
信じて、ハーレムに入る前はチョコレートを調合したものを
飲んだといわれています。
アステカはコルテスによって征服され、スペインの植民地と
なりました。2つの文化が溶けあう中でカカオも次第にスパ
イスで風味づけされ、飲むチョコレートが生まれました。
カカオは本国スペインへも運ばれ、ヨーロッパの王侯貴族や
僧侶に広まります。
チョコレートをテーマにした初めての専門書がメキシコで出
版されました。これがチョコレート学の起源といわれていま
す。
1528年 甘みを加えること
コルテスがチョコレートをスペイン王カルロス一世に献上し
ました。
コルテスはカカオ豆とチョコレートを作る道具を持ってスペ
インに帰りました。アステカ独特のトウガラシを効かせた味
付けが美味しくないため、コショウを砂糖に代えてすぐにレ
シピを作り変えたそうです。
1606年 漏れ出したカカオ豆の秘密
カルレッティがチョコレートの製法をイタリアに伝えます。
スペインは1世紀以上もチョコレートの発見をなんとか秘密
にしようとしていました。その間に、スペイン人は赤道直下
の植民地にココア農園をつくり、その新しい飲み物を広めま
した。ところが、とうとうイタリア商人アントニオ・カルレ
ッティがこの秘密の製法をイタリアに伝えたのです。
1657年 エリートが集まるチョコレートハウス
ロンドンに英国初のチョコレートハウスがフランス人によっ
てオープンしました。それは上流階級の間で評判となり、た
ちまちエリートたちの会合の場所となったのです。カカオ豆
の価格は法外で、このような場所に足繁く通えるのは「金持
ちや貴族だけ」であるとスペインの歴史家ヴァルデスは、記
しています。やがて価格も下がり、英国の至る所にチョコレ
ートハウスができ、コーヒーやティールーム、パブに挑む勢
いとなりました。
1671年 偶然の産物
公爵のお抱え料理人プラスリンが、熱くなった砂糖が
鍋から溢れ出てボウルに入っていたアーモンドにかかったの
をみつけました。味見をして公爵は大変喜び、嬉しさのあま
りこの新しいお菓子に自分の名をつけました。これが「プラ
リネ」の誕生です。それがベルギーのチョコレート職人の手
により手を加えられ、「プラリネ」は、モールドで型どった
シェルにクリーム・キャラメル・ガナッシュ・プラリネなど
を詰めたベルギーのお菓子と同義になったのです。
1674年 最初の食べるチョコレート
ヨーロッパの至る所でまだチョコレートを飲んでいた頃、英
国のパン屋たちは好奇心旺盛で、ケーキのレシピにココアを
加えました。これではじめてチョコレートが固形のものにな
ったのです。それから数十年以内に、固形のチョコレートは
バータイプも含めてヨーロッパの至る所で様々なかたちで広
まり、スタイリッシュな飲み物から甘い魅惑のお菓子へと進
化していったのです。
1690年代 チョコレート好きのスイス人
この頃ベルギーがヨーロッパチョコレートの中心地の1つと
なっていました。チューリッヒの市長がブリュッセルを訪問
するとき、いつもお土産にお気に入りのチョコレートや新し
いフレーバーのものなどを持って帰ったといわれています。
1712年 アメリカもまたチョコレートのとりこ
18世紀を前にして次第にチョコレートは北アメリカに広まり
ます。 わずか10年の間に,ボストンの薬屋がヨーロッパから
輸入したチョコレートを宣伝し販売しました。ほどなく、マ
サチューセッツの船長たちがカカオ豆を積んで持って帰り、
チョコレート貿易が開花したのです。
1720年代 毎日の重労働
ヨーロッパではチョコレート工場が次々とでき始めました。
しかし粉砕してから攪拌するという作業は重労働でした。
スイスで初めてのチョコレート工場が設立されました。創始
者のフランソワ・ルイ・カイエはチョコレートビジネスの秘
密をイタリアで学んだとされています。
1765年 アメリカの発明
アメリカ人の植民者たちははチョコレートを熱望していまし
た。生産過程を機械化するために、水力を利用したチョコレ
ート工場を建設し「産業革命」を開始しました。
チョコレート工場はいよいよ本格的に。
1772年 サド公爵の影響
フランスではサド公爵によりチョコレートが恋の媚薬である
という言い伝えが再び広まりました。当時別の作家も次のよ
うに書いています。デザートに彼はチョコレートの粒を滑り
こませた。そして、それを食べた人は快楽への情熱に燃えつ
づけたのだ。」
1815年 オランダ人の功績
ヴァン・ホーテン社設立。
オランダ人の化学者ヴァン・ホーテンは試行錯誤の結果、
1828年、脂肪分の低い新しいパウダーチョコレートを作りま
した。現在のココアです。ヴァン・ホーテンの特許といえる
「ダッチング」手法はパウダーチョコレートをアルカリ化し
て中和します。この手法によりチョコレートがお湯に溶ける
ように改良され、ダークなチョコレート色とマイルドな風味
が実現できたのです。ヴァン・ホーテンはまた、扱いやすい
粉末と固形の両方の状態でチョコレートの大量生産を可能に
する水圧機を作りました。
現在でもヴァン・ホーテンココアはあまりにも有名ですね。
1819年 スイスの躍進
スイス カイラー社設立。
スイス人はチョコレートを作る技術を開発し、フランソワ・
ルイ・カイラーがジュネーブ湖畔にスイス初のチョコレート
工場を開きました。6年後、フィリップ・スシャールが世界
初のチョコレートミキサーを始めとする独自の機械を作り、
独自のチョコレート菓子を作り始めました。
1847年 新しい味覚
イギリス フライ社がイーティングチョコを発売。
1728年に設立されたイギリスのブリストルのJ.S.フライ&サン
ズ社は伝統と革新性を持っていました。息子ジョセフはワッ
トが蒸気機関を発明する直後の1789年に自分の工場にそれを
導入しました。さらに孫のフランシスと曾孫のジョセフは、
ヴァン・ホーテンの手法 を採用すると同時に、ココアパウ
ダーと砂糖とココアバターを混ぜ合わせることによって初め
てチョコレートバーを作りました。現在の板チョコの原型です。
1879年 ミルクを加えること
スイスのダニエル・M.D.ピーターが8年にわたる試行錯誤
の末、初めてミルクチョコレートを作りました。
スイス人はチョコレートに粉ミルクを加えることを思い付き、
チョコレート菓子はさらに滑らかでクリーミーなテクスチャー
になりました。また、同じくスイスのロドルフ・リンツがコン
チングマシン(滑らかに練りあげる機械)を作ったことにより
この機械による"コンチング"という工程で、それまでにないな
めらかなチョコレートの口どけが実現されました。チョコレー
ト消費国のナンバー1がスペインからドイツに移り、その後スイ
スへと変遷しました。国際的なコンテストはすべてスイスの勝
利。世界中をとろけさせるその味わいは、チーズフォンデュやロ
スティと並んでスイスの誇りとなっています。
600年 カカオ豆が通貨のように扱われた頃
紀元前1000年頃、メキシコの原住民はカカオ豆をすりつぶ
して食べていたとされています。世界で初めてのカカオ農
園のはじまりです。高度な文明を持つマヤ族およびアステ
カ文明の時代に、カカオ豆は究極のステイタスシンボルと
されていました。カカオ豆は通貨として扱われました。
当時、マヤ族、キミメケン族をしのいでアステカ族が勢力
を持っていました。征服された側は代価をカカオ豆で払う
ことから、チョコレート戦争といわれています。
1502年 木になるお金
コロンブス、初めてチョコレートに出会う。
コロンブスは4度目の航海でニカラグアに到着。
これがヨーロッパ人として初めてのカカオ豆との出会いで
す。現地の人にとっては通貨であり極上な飲み物でもあり
ましたが、インドに渡ることしか考えていなかったコロン
ブスは興味を示しませんでした。
メキシコの一部を征服したフェルナンド・コルテスは、カ
カオ豆の貨幣としての価値に目をつけ、スペイン王の名の
もとカカオ農園をおこしカカオ豆の栽培をはじめました。
征服者たちはカカオを「木になるお金」としてその価値を
認識するようになります。
スペインの歴史家ヴァルデスは、100粒のカカオ豆で一人の
奴隷を買うことができたと書簡に記しています。
1519年 恋の媚薬
コルテスがメキシコ遠征時にチョコレートに出会う。
コルテスは、当時最も多くのカカオ豆を所有していたアステ
カ帝国の皇帝モンテスマが「チョコレート狂い」であるとい
うことに気づきました。
記録によるとモンテスマは、この飲み物が恋の媚薬であると
信じて、ハーレムに入る前はチョコレートを調合したものを
飲んだといわれています。
アステカはコルテスによって征服され、スペインの植民地と
なりました。2つの文化が溶けあう中でカカオも次第にスパ
イスで風味づけされ、飲むチョコレートが生まれました。
カカオは本国スペインへも運ばれ、ヨーロッパの王侯貴族や
僧侶に広まります。
チョコレートをテーマにした初めての専門書がメキシコで出
版されました。これがチョコレート学の起源といわれていま
す。
1528年 甘みを加えること
コルテスがチョコレートをスペイン王カルロス一世に献上し
ました。
コルテスはカカオ豆とチョコレートを作る道具を持ってスペ
インに帰りました。アステカ独特のトウガラシを効かせた味
付けが美味しくないため、コショウを砂糖に代えてすぐにレ
シピを作り変えたそうです。
1606年 漏れ出したカカオ豆の秘密
カルレッティがチョコレートの製法をイタリアに伝えます。
スペインは1世紀以上もチョコレートの発見をなんとか秘密
にしようとしていました。その間に、スペイン人は赤道直下
の植民地にココア農園をつくり、その新しい飲み物を広めま
した。ところが、とうとうイタリア商人アントニオ・カルレ
ッティがこの秘密の製法をイタリアに伝えたのです。
1657年 エリートが集まるチョコレートハウス
ロンドンに英国初のチョコレートハウスがフランス人によっ
てオープンしました。それは上流階級の間で評判となり、た
ちまちエリートたちの会合の場所となったのです。カカオ豆
の価格は法外で、このような場所に足繁く通えるのは「金持
ちや貴族だけ」であるとスペインの歴史家ヴァルデスは、記
しています。やがて価格も下がり、英国の至る所にチョコレ
ートハウスができ、コーヒーやティールーム、パブに挑む勢
いとなりました。
1671年 偶然の産物
公爵のお抱え料理人プラスリンが、熱くなった砂糖が
鍋から溢れ出てボウルに入っていたアーモンドにかかったの
をみつけました。味見をして公爵は大変喜び、嬉しさのあま
りこの新しいお菓子に自分の名をつけました。これが「プラ
リネ」の誕生です。それがベルギーのチョコレート職人の手
により手を加えられ、「プラリネ」は、モールドで型どった
シェルにクリーム・キャラメル・ガナッシュ・プラリネなど
を詰めたベルギーのお菓子と同義になったのです。
1674年 最初の食べるチョコレート
ヨーロッパの至る所でまだチョコレートを飲んでいた頃、英
国のパン屋たちは好奇心旺盛で、ケーキのレシピにココアを
加えました。これではじめてチョコレートが固形のものにな
ったのです。それから数十年以内に、固形のチョコレートは
バータイプも含めてヨーロッパの至る所で様々なかたちで広
まり、スタイリッシュな飲み物から甘い魅惑のお菓子へと進
化していったのです。
1690年代 チョコレート好きのスイス人
この頃ベルギーがヨーロッパチョコレートの中心地の1つと
なっていました。チューリッヒの市長がブリュッセルを訪問
するとき、いつもお土産にお気に入りのチョコレートや新し
いフレーバーのものなどを持って帰ったといわれています。
1712年 アメリカもまたチョコレートのとりこ
18世紀を前にして次第にチョコレートは北アメリカに広まり
ます。 わずか10年の間に,ボストンの薬屋がヨーロッパから
輸入したチョコレートを宣伝し販売しました。ほどなく、マ
サチューセッツの船長たちがカカオ豆を積んで持って帰り、
チョコレート貿易が開花したのです。
1720年代 毎日の重労働
ヨーロッパではチョコレート工場が次々とでき始めました。
しかし粉砕してから攪拌するという作業は重労働でした。
スイスで初めてのチョコレート工場が設立されました。創始
者のフランソワ・ルイ・カイエはチョコレートビジネスの秘
密をイタリアで学んだとされています。
1765年 アメリカの発明
アメリカ人の植民者たちははチョコレートを熱望していまし
た。生産過程を機械化するために、水力を利用したチョコレ
ート工場を建設し「産業革命」を開始しました。
チョコレート工場はいよいよ本格的に。
1772年 サド公爵の影響
フランスではサド公爵によりチョコレートが恋の媚薬である
という言い伝えが再び広まりました。当時別の作家も次のよ
うに書いています。デザートに彼はチョコレートの粒を滑り
こませた。そして、それを食べた人は快楽への情熱に燃えつ
づけたのだ。」
1815年 オランダ人の功績
ヴァン・ホーテン社設立。
オランダ人の化学者ヴァン・ホーテンは試行錯誤の結果、
1828年、脂肪分の低い新しいパウダーチョコレートを作りま
した。現在のココアです。ヴァン・ホーテンの特許といえる
「ダッチング」手法はパウダーチョコレートをアルカリ化し
て中和します。この手法によりチョコレートがお湯に溶ける
ように改良され、ダークなチョコレート色とマイルドな風味
が実現できたのです。ヴァン・ホーテンはまた、扱いやすい
粉末と固形の両方の状態でチョコレートの大量生産を可能に
する水圧機を作りました。
現在でもヴァン・ホーテンココアはあまりにも有名ですね。
1819年 スイスの躍進
スイス カイラー社設立。
スイス人はチョコレートを作る技術を開発し、フランソワ・
ルイ・カイラーがジュネーブ湖畔にスイス初のチョコレート
工場を開きました。6年後、フィリップ・スシャールが世界
初のチョコレートミキサーを始めとする独自の機械を作り、
独自のチョコレート菓子を作り始めました。
1847年 新しい味覚
イギリス フライ社がイーティングチョコを発売。
1728年に設立されたイギリスのブリストルのJ.S.フライ&サン
ズ社は伝統と革新性を持っていました。息子ジョセフはワッ
トが蒸気機関を発明する直後の1789年に自分の工場にそれを
導入しました。さらに孫のフランシスと曾孫のジョセフは、
ヴァン・ホーテンの手法 を採用すると同時に、ココアパウ
ダーと砂糖とココアバターを混ぜ合わせることによって初め
てチョコレートバーを作りました。現在の板チョコの原型です。
1879年 ミルクを加えること
スイスのダニエル・M.D.ピーターが8年にわたる試行錯誤
の末、初めてミルクチョコレートを作りました。
スイス人はチョコレートに粉ミルクを加えることを思い付き、
チョコレート菓子はさらに滑らかでクリーミーなテクスチャー
になりました。また、同じくスイスのロドルフ・リンツがコン
チングマシン(滑らかに練りあげる機械)を作ったことにより
この機械による"コンチング"という工程で、それまでにないな
めらかなチョコレートの口どけが実現されました。チョコレー
ト消費国のナンバー1がスペインからドイツに移り、その後スイ
スへと変遷しました。国際的なコンテストはすべてスイスの勝
利。世界中をとろけさせるその味わいは、チーズフォンデュやロ
スティと並んでスイスの誇りとなっています。
posted by chocola at 14:30
| チョレートの歴史
チョコレートを食べるとニキビができる?
意外なことにチョコレートとニキビの発生は無関係
であることが証明されています。
ニキビがなぜできるのか?それはホルモンのバランス
が崩れてできるものなのです。
チョコレートは直接的な原因にはなりませんが、
チョコレートを食べることで、他の栄養をとらないなど、
食生活が偏り、ホルモンのバランスが崩れてニキビ発生!
ということは考えられます。
食べ過ぎることで栄養が偏ってしまうのではないでしょうか?
ニキビは皮脂が毛穴に詰まって、細菌が繁殖してできることも
あります。
ですから肌を清潔に保つのも大事です。
であることが証明されています。
ニキビがなぜできるのか?それはホルモンのバランス
が崩れてできるものなのです。
チョコレートは直接的な原因にはなりませんが、
チョコレートを食べることで、他の栄養をとらないなど、
食生活が偏り、ホルモンのバランスが崩れてニキビ発生!
ということは考えられます。
食べ過ぎることで栄養が偏ってしまうのではないでしょうか?
ニキビは皮脂が毛穴に詰まって、細菌が繁殖してできることも
あります。
ですから肌を清潔に保つのも大事です。
posted by chocola at 14:15
| チョコレート豆知識
チョコレートを食べると鼻血がでる?
これも子供の頃よくいわれたものです。
チョコレートを食べたときに必ず言われる一言ですが、
チョコレートを食べることによって鼻血が出るという
関係について、医学的根拠は何もないことが証明され
ています。
おそらく昔は大変高価だったチョコレートを子供達に
抑制する大人の考えた嘘だったのではないでしょうか。
チョコレートを食べたときに必ず言われる一言ですが、
チョコレートを食べることによって鼻血が出るという
関係について、医学的根拠は何もないことが証明され
ています。
おそらく昔は大変高価だったチョコレートを子供達に
抑制する大人の考えた嘘だったのではないでしょうか。
posted by chocola at 14:06
| チョコレート豆知識
チョコレートは太る?
チョコレートはカロリーが高いというイメージが強く、
太ると思っている方も多いのではないでしょうか。
カカオ豆に含まれる脂肪分を構成している脂肪酸は
ステアリン酸・オレイン酸・パルミチン酸の3種類です。
この中で一番多いのはステアリン酸で、これは体内に
吸収されにくい性質があります。
ですから、体脂肪の原因にはならないというわけです。
そして、ステアリン酸は飽和脂肪酸です。
酸化しにくいのでチョコレートは長期保存できるのです。
一般に飽和脂肪酸はコレステロールを上げるといわれてお
りますが、この飽和脂肪酸に関しては、コレステロールを
上げる作用がないといわれています。
スタイルを気にする女性や生活習慣病が心配な方にも安心
して食べられるものです。
しかし、食べれば健康になるというものではないので、
チョコレートばかり食べては栄養の偏りによって太ること
もありえます。
太ると思っている方も多いのではないでしょうか。
カカオ豆に含まれる脂肪分を構成している脂肪酸は
ステアリン酸・オレイン酸・パルミチン酸の3種類です。
この中で一番多いのはステアリン酸で、これは体内に
吸収されにくい性質があります。
ですから、体脂肪の原因にはならないというわけです。
そして、ステアリン酸は飽和脂肪酸です。
酸化しにくいのでチョコレートは長期保存できるのです。
一般に飽和脂肪酸はコレステロールを上げるといわれてお
りますが、この飽和脂肪酸に関しては、コレステロールを
上げる作用がないといわれています。
スタイルを気にする女性や生活習慣病が心配な方にも安心
して食べられるものです。
しかし、食べれば健康になるというものではないので、
チョコレートばかり食べては栄養の偏りによって太ること
もありえます。
posted by chocola at 14:04
| チョコレート豆知識
チョコレートで虫歯になる?
チョコレートを食べると虫歯になる。
よく子供の頃言われたものです。
全国的にまことしやかにささやかれ、信じている方もたくさん
いらっしゃると思います。
実は、その反対で・・・チョコレートは虫歯を予防する働きが
あるといわれています。
虫歯の原因の1つが口腔内細菌といわれています。
その中でも虫歯になりやすいのはプリナス菌で、この発生をカ
カオの成分が抑えるらしいのです。
ですから、本当はチョコレートは虫歯になりやすい人や子供達
の安心して食べられるお菓子なのです。
虫歯の原因は、歯に残った食べ物のカスが原因でなる事が多い
ようです。
なるべく、食べた後にお茶などの水分で流してあげる事も1つ
の方法ですし、歯磨きをまめにする事も大事です。
これはチョコレートを食べたときに限ったことではありません
ね。
あまりのおいしさに食べ過ぎるための予防として大人が子供に
注意していたのかもしれませんね。
よく子供の頃言われたものです。
全国的にまことしやかにささやかれ、信じている方もたくさん
いらっしゃると思います。
実は、その反対で・・・チョコレートは虫歯を予防する働きが
あるといわれています。
虫歯の原因の1つが口腔内細菌といわれています。
その中でも虫歯になりやすいのはプリナス菌で、この発生をカ
カオの成分が抑えるらしいのです。
ですから、本当はチョコレートは虫歯になりやすい人や子供達
の安心して食べられるお菓子なのです。
虫歯の原因は、歯に残った食べ物のカスが原因でなる事が多い
ようです。
なるべく、食べた後にお茶などの水分で流してあげる事も1つ
の方法ですし、歯磨きをまめにする事も大事です。
これはチョコレートを食べたときに限ったことではありません
ね。
あまりのおいしさに食べ過ぎるための予防として大人が子供に
注意していたのかもしれませんね。
posted by chocola at 13:57
| チョコレート豆知識